大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)13227号 判決 1985年10月15日

原告 大河原幸作

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 山本政敏

同 鈴木喜久子

同 林豊太郎

同 二島豊太

被告 鈴江輝孝

右訴訟代理人弁護士 舟辺治朗

主文

原告らと被告との間の別紙物件目録記載の土地についての賃貸借契約における賃料は、昭和五三年一二月一日から月額金九三〇〇円、昭和五五年八月一日から月額金一万一七八〇円、昭和五七年一二月一日から月額金一万三三三〇円であることを確認する。

本件訴の内、昭和五三年一一月三〇日以前の賃料の確認を求める部分について、訴を却下する。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告らの連帯負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告ら

原告らと被告との間の別紙物件目録記載の土地についての賃貸借契約における賃料は、昭和四三年八月一日から月額二四八〇円、昭和四六年七月一日から月額四〇六一円、昭和四八年八月一日から月額八〇三八円、昭和五二年七月一日から月額一万一四七〇円、昭和五五年八月一日から月額一万四四三八円、昭和五七年一二月一日から月額一万五八八〇円であることを確認する。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者双方の主張

一  原告らの請求の原因

1  亡大河原房次郎は、昭和二二年七月一日、亡鈴江政雄に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を期間二〇年、賃料月額四五円の定めで賃貸した。

2  大河原房次郎は、昭和二七年一月三日死亡し、原告らが、相続により、本件土地の賃貸人の地位を承継した。

また、鈴江政雄は、昭和三六年二月一九日死亡し、被告が、相続により、賃借人の地位を承継した。

3(一)  賃料は、漸次増額され、昭和四三年六月当時は、月額二〇一五円であった。

(二) しかし、経済情勢の変化のため、土地価格、その他諸物価が高騰し、本件土地に対する公租公課も年々増加して、右賃料は、近隣の地代、物価等に比し、不相当に低額なものとなった。

4  原告らは、被告に対し、次の(一)ないし(六)記載の各日時に、同記載の金額に賃料を増額する旨の意思表示をした。

(一) 昭和四三年七月三日ころ到達の書面により、同年七月一日以降月額二四八〇円(三・三平方メートル当り八〇円)に

(二) 昭和四六年六月一二日ころ到達の書面により、同年七月一日以降月額四〇六一円(同一三一円)に

(三) 昭和四八年七月八日ころ到達の書面により、同年七月一日以降月額八〇三八円(同二五九円)に

(四) 昭和五二年五月二〇日ころ到達の書面により、同年七月一日以降月額一万一四七〇円(同三七〇円)に

(五) 昭和五五年七月二〇日ころ到達の書面により、同年八月一日以降月額一万四四三八円(同四六六円)に

(六) 昭和五七年一一月一三日ころ到達の書面により、同年一一月一日以降月額一万五八八〇円(同五一二円)に

5  したがって、本件土地の賃料は、右4の(一)ないし(六)の各増額請求にかかる日時から(ただし、(一)、(三)、(六)については、各意思表示到達の日の属する月の翌月一日以降)請求どおりの金額に増額されたのであるが、被告は増額を争うので、その確認を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  請求原因1の内、賃貸当初の期間及び賃料額の定めは知らないが、その余の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3(一)  同3(一)の内、昭和四三年六月当時の賃料が月額二〇一五円であった事実は否認する。

(二) 同3(二)の内、土地価格及び諸物価が上昇し、本件土地に対する公租公課が増額している事実は認めるが、その余の主張は争う。

4  同4の内、(四)ないし(六)の各賃料増額の意思表示がなされた事実は認めるが、(一)ないし(三)の意思表示がなされた事実は否認する。

三  被告の抗弁

本件土地の賃料については、毎月末日限り当月分を支払う約定であったから、本件賃料債権は、民法一六九条にいう「年又ハ之ヨリ短キ時期ヲ以テ定メタル金銭其他ノ物ノ給付ヲ目的トスル債権」にあたり、原告らが本訴を提起した昭和五八年一二月一七日より五年前である昭和五三年一二月一七日までに支払期限の到来している賃料債権すなわち昭和五三年一一月末日までの賃料債権は、右規定に基づき時効により消滅した。そして、時効により消滅した債権については、その額の確認を求める利益もないというべきである。

四  抗弁に対する原告らの反駁

債権の消滅時効は、債権者が権利を行使しうる時から進行するものであるところ、賃料増額請求による増加額につき、賃貸人の権利行使が可能となるのは、借地法一二条二項により増額を正当とする裁判が確定した時であるから、消滅時効の主張は失当である。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1の内、亡大河原房次郎が昭和二二年七月一日亡鈴江政雄に本件土地を賃貸したこと、同2のとおり、右両名の死亡・相続により、原告ら及び被告が賃貸人及び賃借人の各地位を承継したことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、右賃貸借の期間は二〇年で、法定更新されたこと、合意によって定められた最終の賃料は、昭和三八年五月に定められた月額一〇八五円であることが認められる。しかし、請求原因3(一)の事実を認めるに足る証拠はない。

二  《証拠省略》によれば、原告は、被告に対し、昭和四三年七月二日に請求原因4(一)の、昭和四六年六月一一日に同(二)の、昭和四八年七月七日に同(三)の各賃料増額を求める書面を内容証明郵便をもって発送した事実が認められ、右各書面は各翌日ころ被告に到達したものと推認される。同(四)ないし(六)の各意思表示がなされた事実は、当事者間に争いがない。

三  右認定の第一回の増額請求は、昭和三八年五月に合意による賃料が定められてから五年余を経過した後になされたものであり、その後の各増額請求はそれぞれ二年余ないし約四年の間隔を置いてなされたものであるが、《証拠省略》によれば、右各期間のいずれの間にも、土地価格、その他の物価、公租公課、近隣の地代等は上昇を続けていることが認められ、各増額請求は増額の要件を具備しているものと推認される。

そこで、各請求時における適正賃料額について判断すべきこととなるが、これについては、前掲甲第五号証記載の生江光喜の鑑定意見(以下「生江鑑定」という。)と鑑定人岡本茂延の鑑定意見(以下「岡本鑑定」という。)が存するので、両者を比較検討しつつ、考察を進めることとする。

1  岡本鑑定は、(一)スライド法、すなわち、最終合意賃料にその後の消費者物価指数を乗じて適正賃料を求める方法、(二)賃貸事例比較法、すなわち、近隣又は類似地域における同類型の宅地の地代との比較から求める方法、(三)差額配分法、すなわち、土地の経済的価値に即応した賃料(底地価格に期待利回りを乗じて得られる額)と実際賃料との差額の内の一定割合を貸主に帰属させるものとして求める方法を比較検討し、更に、(四)一般的に地代の額が公租公課の額の二・五倍とみられることをも考慮したうえ、右(二)の方法によって得られる比準賃料をもって適正賃料額とするものとして、本件土地の適正賃料(月額)を、昭和四三年八月一日現在二二七〇円、昭和四六年七月一日現在三五五〇円、昭和四八年八月一日現在五三九〇円、昭和五二年七月一日現在七三九〇円、昭和五五年八月一日現在九六六〇円、昭和五七年一二月一日現在一万一七八〇円としている。

2  他方、生江鑑定は、(一)利回り法、すなわち、賃貸事例の実際の地代の標準的利回りを土地の基礎価格に乗じて求める方法、(二)賃貸事例比較法(1(二)に同じ方法)、(三)差額配分法(1(三)に同じ方法)を比較検討し、(四)スライド法(1(一)に同じ方法)は単なる参考にとどめるものとし、右(二)の方法によって得られる比準賃料を標準にし、(一)の方法による利回り賃料、(三)の方法による差額賃料を比較考量するものとして、本件の適正賃料(月額)を、昭和四三年八月一日現在二三〇〇円、昭和四六年七月一日現在三八〇〇円、昭和四八年八月一日現在七七〇〇円、昭和五二年七月一日現在九五〇〇円、昭和五五年八月一日現在一万二三〇〇円、昭和五七年一二月一日現在一万三八〇〇円としている。

3  両鑑定の採用した算定方法をみるに、生江鑑定の2(一)の方式が岡本鑑定と全く異なるものであるが、その余は、概ね同一の算定方法をとっており、その各方法も一般的な鑑定評価方法として妥当なものと考えられる。しかも、結論として、岡本鑑定は、比準賃料をそのまま採用し、生江鑑定は、利回り賃料及び差額賃料をも比較考量するといいながらも、それよりも低額な比準賃料を概ねそのままないしは若干減額して適正賃料としているのであるから、両鑑定の主要な相違は比準賃料の額にあると認められる。そして、両者の比準賃料を求める過程の差異をみるに、比準事例の最近の賃料額から本件土地の昭和五七年度の賃料を求めたうえで、過去の各増額時点の適正賃料を求めるにあたっての時点修正の方法に相違があるほか、とり上げた事例の相違が大きいものと認められる。そこで、更に、右事例を検討するに、生江鑑定のとりあげた事例三例は、具体的な場所は特定されていないが、本件土地の近隣地域内で、本件土地と同様、国鉄高円寺駅から徒歩約一〇分の距離にあり、いずれも戦前から借地契約が継続している居宅敷地で、道路接続状況も本件土地に類似するものであって、同鑑定においては比準にあたり、契約内容による修正として、最大八二分の一〇〇までの増額修正を行っているのに対し、岡本鑑定のとり上げた事例四例は、本件土地から直線距離で一・五キロメートルないしそれ以上隔った中野区野方四丁目、同区若宮一丁目、同三丁目地内で、いずれも西武鉄道新宿線沿線の地域にあり、同鑑定は、地域格差修正として九五分の一〇〇ないし八〇分の一〇〇を乗ずるという大巾な増額修正を施し、他方、品等修正として一律に一〇〇分の九〇を乗ずる減額修正を施しているが、このように事例地が遠く、大巾な地域格差修正を必要とすると、右修正率の妥当性を疑う余地も大きくなるといわざるをえない。そうすると、事例のとり方は、生江鑑定の方に客観性があると認められるが、同鑑定の方にも、前記の修正率についてはかなり裁量的なものがあるごとく窺われる。また、岡本鑑定のいう一般的に地代の額を公租公課の二・五倍とみるという点を、若干大きな倍率に引直してみることも、検討の余地があることと考えられる(《証拠省略》によれば、同鑑定人は、別件鑑定においては、公租公課の二・七五倍と試算しており、本件と差異を設けた理由についての、同人の証言中における説明も、必ずしも明確でない。)。

4  以上の点を考慮し、両鑑定の比準賃料を対比しつつ、更に各増額の期間・増加率等をも斟酌すると、適正賃料額(月額)は次のとおりとするのが相当である。

昭和四三年 八月一日現在 二三〇〇円(三・三平方メートル当り約七四円)

同四六年 七月一日現在 三七二〇円(同約一二〇円)

同四八年 八月一日現在 七四四〇円(同約二四〇円)

同五二年 七月一日現在 九三〇〇円(同約三〇〇円)

同五五年 八月一日現在 一万一七八〇円(同約三八〇円)

同五七年一二月一日現在 一万三三三〇円(同約四三〇円)

《証拠判断省略》

したがって、原告らの各増額請求は、右認定の金額の限度で、増額の効果を生じたものである。

四  抗弁について判断する。

1  本件賃料が毎月末日払の定めであった事実は、原告らの明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。そうすると、本件賃料債権は、民法一六九条所定の債権に該当することとなる。

ところで、借地法一二条二項は、賃料の増額につき当事者間に協議が調わないときは、増額の請求を受けた者は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、相当と認める賃料を支払えば足り、裁判が確定した場合に、すでに支払った額に不足があるときは、不足額に年一割の割合による支払期後の利息を付してこれを支払うことを要する旨規定する(《証拠省略》によれば、本件の第一回増額請求時以後、被告は相当と認める賃料を弁済供託しているものと推認される。)。右規定の趣旨は、賃料の増額請求があったときは、客観的に適正な賃料額に当然に増額の効果を生じ、賃借人はその額の支払義務を負うに至るのであるが、適正額が裁判上確定されるまでの間、賃借人が増額の効果を争い、増加額の全部又は一部の支払を拒む場合に、賃貸人が賃借人の履行遅滞を理由に賃貸借契約を解除する等の挙に出て、賃借人の地位が危うくされる事態を避けるため、増額についての裁判が確定するまでの間は、賃借人は、自己が相当と認める賃料を支払う限り、遅滞の責を負わないものとし、裁判確定後、支払額が適正額に不足することが判明したときは、その不足分に、契約又は民法六一四条所定の支払期に遡って年一割の利息を付加した金額を支払えば足りることとしたものと解される。したがって、増額された適正賃料と賃借人の支払った金額との差額についても、賃貸人が賃借人に対しその不払による債務不履行責任を問いえないというだけあって、賃料債権自体は発生し、かつ、本来の賃料支払期日に履行期が到来しているものというべきである。

原告は、増額を正当とする裁判が確定するまでは、増加額につき権利を行使することができない旨主張する。しかし、右のとおり、増加額についても、賃借人が遅滞の責を負わないというだけであって、賃貸人は、その支払を求める給付の訴又はその確定を求める確認の訴を提起して、消滅時効を中断することができ、かつ、給付判決が確定すれば、強制執行をすることも妨げられないのであって(給付の確定判決又はこれに代わる債務名義の取得なくして、履行の強制的実現をなしえないことは、一般の債権についても同様である。)、権利を行使するについて特段の障害があるものと解することはできない。

したがって、右のような増額請求にかかる増加額についても、所定の弁済期から消滅時効が進行を始めるものと解すべきである。

2  次に、本件訴は、賃貸借契約の一内容たる賃料の額について争いがあるため、その確認を求めるものであって、法律関係確認の訴であると解される。かかる訴は、数次の増額請求がなされた後に既往の増額にかかる賃料の確認を求める場合であっても、それから生ずる賃料債権の存否等についての紛争の解決の前提となる限り、過去の法律関係の確認を求めるものであるとの理由でその利益が否定されるものではないが、具体的な給付請求権が時効消滅した場合には、他に特段の必要のない限り、もはや確認の利益は失われるものと解すべきである。

もっとも、具体的な給付請求権が時効消滅した場合でも、いったん請求により生じた増額の効果が失われるわけではなく(被告がこれと異なる見解をとるものとすれば、もとより失当である。)、本件のように数次の増額請求の当否がいずれも裁判上未解決である場合には、過去の増額請求の当否、増額の限度は、当然次の増額請求の当否、額を定める前提となるのであるから、なお、現在の法律関係の確定に必要な前提であるということはできるが、それについては、後の増額請求の当否、額を定めるにあたって、判決理由中で判断が示されれば足り、既判力をもってこれを確定する利益、必要は存しないというべきである。

3  本件訴が昭和五八年一二月一七日に提起されたことは、記録上明らかであるから、それより五年前である昭和五三年一二月一七日より前に履行期が到来した賃料債権については消滅時効が完成したこととなり、したがって、右に判示したところにより、本件訴は、昭和五三年一二月一日(同日の賃料額は昭和五二年七月一日から増額されたもの)以降の賃料額の確認を求める部分についてのみ確認の利益があり、それ以前の賃料額については確認の利益が失われたものというほかはない。

五  以上の次第で、昭和五三年一二月一日以降の賃料額について、前記三4の金額であることを確認し、それより前の賃料額についての確認を求める部分の訴は、不適法であるから、これを却下し、原告らのその余の請求は、理由がないから、これを棄却し、民訴法八九条、九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野田宏)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例